被害報告その四。
ヌールが歩いていると、道の隅で赤紫色の髪の女の子が倒れ伏していた。
随分ぼろぼろなマントである。
「ねぇ、あなた大丈夫?」
ヌールが心配になって近づくと少女はむくっと顔を上げ、
「恵んでください。食べ物なら何でもいいです。今日は草しか食べてません……」
と泣きながら笑いながら訴えかけてきた。哀れな姿である。
食べ物といえば、ちょうど大量に生産したあれがある。
「へへ、あなたは運がいいわ。今日はヌールお手製の焼き菓子がたっぷりあるのよ。
優しいあたしがわけてあげるわ」
「本当ですか? 本気ですか? ありがとうございますありがとうございますう。
ヌールお手製でもヌルヌル性でも構いませんよう。わけてくださいお願いします。
代わりにこれをあげますから」
そういって少女は涙をぬぐい、一掴みの草を差し出した。
「草はいいから! 明日のご飯かもしれないんでしょう? へへ、たっぷり食べるのよ」
そういって水色や桃色の焼き菓子(仮)をたっぷり渡した。
「じゃあね! 強く生きていくのよ」
ヌールは元気よく去っていった。
ある天幕。ぼろぼろなマントの少女――ミト――は胡散臭い飲み物童顔商人の前で
「ヌルヌルしてます。超ソフトクッキーですかねえ」
と言いながらヌールに渡されたそれをおいしそうに食べていた。
「いります?」
「いらねえ。俺の腹が確実に逝く……が、少し貰っとくか」
童顔商人はにたっと笑った。
被害報告その五。
流転とは万物の基本。焼き菓子とてまた然り。
ここにヌールに出会うことなく、焼き菓子(仮)を手にしてしまった不幸な男がいた。
強面のナイスミドルな戦士――ウルドバ――である。そして流転は繰り返される。
「ああ、あの童顔商人から……つか、あの青い見習いの嬢ちゃん作、らしいが……」
普段なら、例えば焼きマンゴーのときのように、にっと笑うはずの場面だが
この時は恐る恐る男か女かわからない顔立ちの医者――イヴォンカ――にそれを差し出した。
前評判があまりにも酷すぎたからである。
「へぇー。ヌールさん、ですか? 有難うございます、いただきますねぇー!」
もぐもぐ。
一分後、かつてぐちゃぐちゃになった焼きマンゴーを難なく食べたイヴォンカの口から、
「ごめんなさい」
という言葉が漏れた。
被害報告その六。
「お、あのしなやかかつ清楚な雰囲気のお団子頭は……!」
ヌールは背後から近づき、声をかけた。
「アーリテさんこんにちは」
「あら、ヌールちゃんこんにちは」
少し驚きながら振り返ったのは穏やかな笑みが愛らしい装飾品商人――アーリテ――である。
「ここで出会ったのも何かの縁! 焼き菓子をプレゼントしちゃうわ」
「まぁ、ありがとう」
アーリテは胸の前で手のひらを合わせ、にっこり微笑んだ。
「はい、これ!」
「まぁ、ありが……とう」
アーリテは少し引きつりながらも、頑張ってにっこり微笑んだ。
ヌールが取り出した焼き菓子(仮)は普通の色をしていたものの、
爬虫類のシッポと思わしきものが飛び出ていたからである。
「……今はおなかいっぱいだからあとでゆっくり食べることにするわね」
そういってシッポに触れないよう、おそるおそる布に包んでアクセサリーの入った袋にしまった。
「そっか。じゃあ今度感想聞かせてねー!」
ヌールは元気よく去っていった。
「……とは言ったものの、これは明らかに食べてはいけないものよね。
どうしましょう。なんだか捨てるのも申し訳ないし」
ヌールの背中を見送りながら困った顔でそんなことを考えていると、
突然アーリテの体に勢いよく何かがぶつかった。
「きゃっ、ごめんなさい」
慌てて謝ると、目の前にはいかにもずる賢くて悪そうな男がにやにや笑っていた。
「へへ、悪いな嬢ちゃん。こいつは頂いていくぜ」
掲げられた手にはアーリテのアクセサリーの入った袋。
「あ、それはわたしの大事な……」
男は逃げる。アーリテは追いかける。
しかし、かけっこが苦手で足の遅いアーリテは追いつくことができない。
「どうしましょう」
男が見えなくなり、諦めかけたそのとき、悲鳴とも奇声とも言えない声が聞こえた。
「ぬべばらぼー!」
声のしたほうにかけよってみると、さっきぶつかった男が泡を吹いて倒れていた。
男の握られた指の隙間から、爬虫類のシッポと思わしきものが飛び出ていた。
被害報告その八。
「……うーん、考えてみると知ってる人から知らない人までいろんな人に配っちゃったわね。
まぁ、あげちゃったものは仕方ないわよね」
とあっさり開き直り、考えなしに焼き菓子(仮)をひとつ、ぱくりと食べてしまった。
「ぬべばらぼー!」
うぇー、と舌を出しながらヌールは天幕の中心で哀を叫んだ。
「スフラ! 焼き菓子ってどうやってつくればいいのー!」
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