被害報告その七。
「さ、て、と。まだ余ってるわね」
青いポニーテールの少女――ヌール・バースィル――は、
ある天幕の中心で布切れの上に広げられたいくつかのそれを眺めていた。
「あ、そういえばあたしったらまだひとつも食べてないじゃない」
そういってひとつ、それを摘み上げ、ぱくりと食べた。
次の瞬間、
「ぬべばらぼー!」
悲鳴とも奇声とも言いがたい声を発しながら、ヌールは悶絶した。
「いったいどうやって作ったらこんなマズくなるの!
ていうか、こんなマズいもの誰に配っちゃったっけ……」
うぇー、と舌を出しながらヌールは記憶を遡った。
遡ること数時間前。
思い立ったら即行動。
白の天幕で「スフラの焼き菓子」を見たヌールはなんだか突然焼き菓子が作ってみたくなった。
「えーっと、焼き菓子っていうくらいだから、なんか粉混ぜて
焼いてみればきっとそれっぽいものが出来るわよね、うん」
そう言ってヌールはどこからともなく取り出した水とよくわからない粉を混ぜ、
練りに練って適当なサイズにちぎり、焼いてみた。
正確には焼き方もよくわからず、鉄製の板にそれらを並べ、天日に干してみただけである。
しかも幸か不幸か、
「全部同じじゃ面白くないわよね」
と、あんなものやこんなものをトッピングしたため、色に形に無駄に個性たっぷりである。
「うーん、何か違う気がするけど、ま、いっか。誰かにあったら配ろっと」
ヌールは焼き菓子のようなものですらないものを道具袋にいれて歩き出した。
これが、惨劇の始まりである。
被害報告その一。
「お、あのちっこくて紫な後姿は……!」
ヌールは背後から近づき、頭をなでてみた。
「ぬ。誰じゃ!」
ぐらぐらしながら振り返ったのは迷子癖のある呪術師――ザビエラ――である。
「ヌールじゃ! 早速だけど占いしてみない? 焼き菓子占いっていうの」
「ほぅ、おもしろそうじゃな」
「この中からひとつ好きなのをひいて」
ヌールは道具袋を開き、ザビエラはその中に手を突っ込んだ。
がさごそ……。
「うーむ、これじゃ!」
勢いよく取り出した焼き菓子(仮)は白色だった。
取り出した焼き菓子(仮)も見ずにヌールはザビエラを指差した。
「ずばり! ザビエラは、この後迷子になるわ!」
「そ、そんなことないけん」
ドキーン! と音がせんばかりにたじろぐザビエラ。
「それにしてもいなげな焼き菓子じゃのう」
「そうかしら? 食べてもいいわよ」
では、とザビエラは取り出した焼き菓子をもぐもぐし、神妙な顔つきになった。
「味がないし生じゃぞ……」
「え、何か足りなかったのかしら? まぁいいわ。またね! 迷わずに帰るのよ」
ヌールは元気よく去っていった。
「うーむ。ホントにコレは焼き菓子なんかいのう」
ザビエラは焼き菓子を日にかざしながらそんなことを考えながら歩いていたら、
迷った。
被害報告その二。
「お、あの上半身裸で元気に歩いている後姿は……!」
ヌールは背後から近づき、声をかけた。
「やっほー、ザキィ君元気?」
「お、ヌール! オレ元気! ヌールは元気か?」
振り返り、にっと笑ったのは火の制御ができない腕白戦士――ザキィ――である。
「元気元気ー。元気なザキィ君に元気なあたしからいいものあげようか?」
「いいもの! なになに?」
「じゃじゃーん。焼き菓子!」
そういってヌールは赤色の焼き菓子(仮)を勢いよく取り出した。
「おお、焼き菓子! しかも強そう!」
「でしょう。おひとつどうぞ」
ザキィは受け取ると、ぶにぶにと焼き菓子にあってはならないはずの弾力を確かめた。
「ヌール! なんかこれしっとりしてる」
「そんなこというとあげないわよ。ザキィ君、君は食べてもいいし食べなくてもいいのよ」
「食べる!」
そう言ってザキィは勢いよく食べ、もぐもぐした。素直な子である。
「いい子よ。いっぱい食べてさらに元気になってね!」
ヌールは元気よく去っていった。
「おう!」
別れて三十分後、
「??? なんだなんだ! キリキリする!」
元気なザキィはおなかを押さえながら地面に倒れ伏し、しばしの間、元気じゃなくなった。
被害報告その三。
「お、あの布ひらひらでたまに転びそうになっている後姿は……!」
ヌールは背後から近づき、声をかけた。
「スウさん、こんにちは」
「おや、ヌール様。どうかなされましたか?」
振り返ったのはカップを売ってくれた一見爽やかスマイルの詐欺商人――スウ――である。
「ちょっとカップが……じゃなくて、焼き菓子作ってみたのよ。食べない?」
「焼き菓子ですか。焼き菓子はこんなにヌルヌルしていないと思うんですが……。
女性からの頂き物を無碍にするのはよくありませんね。ひとついただけますか?」
そういって緑色の焼き菓子(仮)をひとつ摘み上げ、ぱくりと食べた。もぐもぐ。
「どう?」
「なかなか斬新な焼き菓子ですね。俺はこんな焼き菓子初めて食べましたよ。
売れるんじゃないですか? あ、ちょうどホウレンソウ色をしていますね。
優しい俺が偏屈な草学者にも差し入れてあげましょう」
どこまでが本気でどこからが冗談かわからない笑みを浮かべながら、
スウは緑色の焼き菓子をいくつか摘みあげた。
「おっと俺はこれから商談なんです」
「あら、商談もいいけどちゃんと天幕のお片付けもするのよ」
ヌールは元気よく去っていった。
「これはこれはちょうどいいお土産ができましたね」
加害者は誰で、被害者は誰か。
斜陽の影に、緑色の焼き菓子(仮)が怪しげに煌いた。
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