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【第0夜】:万国の門「決めたわ! あたし旅に出る!」(その2)

登場人物:ヌール・バースィル ハスナ・マタル(ヌール母)

 
そんな娘の真摯な訴えに対する母の回答は、

「あらあらあら、何をおバカなことを言っているの?
昔から言っているでしょう? 砂漠は危険なところなのです。
向こう側は何が待っているかわからないのよ?
いつ死んでしまうかもわからないの。
そんな場所にかわいい一人娘のヌールちゃんを行かせるわけにはいきません。
それにヌールちゃんったらあれだけ勉強しなさいと言っておいたのに
まったく勉強しなかったでしょう?
砂漠で生きていくには知識か経験か役に立つ能力が必要なのです。
パパはおバカですけどね、パパには百年を越える経験があるの。
ママは頑張ってルフについてのお勉強をしたわ。
それにひきかえヌールちゃんときたら。
旺盛すぎる好奇心と異常すぎる果物への執着心しかないじゃない。
踊ることも歌うことも料理をつくることも星を読むことも生き物を飼うこともできないじゃない。
そんな子は砂漠では生きていけません。だめったらだめ。めッ」

というヌールが妄想していた猛反対とはもう反対で、
「あらあらあら、行ってらっしゃい」
という実に簡単な回答であった。
「え、いいの?」
あまりに簡単すぎて思わず聞き返してしまった。
「え、いいわよ」
やっぱり実に簡単な回答であった。
「心配じゃないの?」
逆にヌールのほうが心配になってしまった。
ママはあたしのこと心配じゃないの!?
「もちろん心配ですよ。でも止めてもどうせ出ていっちゃうのでしょう?」
「う……」
ご名答。ご名答すぎて思わずギクッと聞こえてきそうな顔をしてしまった。
もし先の妄想のように反対されたとしても、
ヌールはこっそりと、あるいは堂々と家を出て行く心積もりをしていたのだ。
「あらあらあら、そんないかにもギクっとか聞こえてきそうな顔しなくても。
隠さなくてもわかります。パパとママの娘なんですもの。
遅かれ早かれ外の世界に旅立つときが来ると思っていたわ」
あぁ、そうか。
あの運命の出会いをしたときにヌールを襲った感覚の正体が何となくわかったような気がした。
貼り紙を読んだときに鼻血が出そうになるほど騒いだ血は、
どうしようもなく、いてもたってもいられなくなってしまったヌールの体に流れる血は、
他ならぬ砂漠を愛する父と母から受け継いだものなのである。
そういえばママもあたしと同じくらいの歳で砂漠に出たんだっけ。

ふー。
母の気持ちを理解し、自分の気持ちを再認識すると急に体の力が抜けた。
と同時に、先の妄想の内容が急に心配になってきた。
「ねぇ。あたし、知識も経験も能力もないけど大丈夫かしら? 生きていけるかしら??」
すると母は娘の肩にぽんと手を置き、にっこりと笑った。
「大丈夫。ヌールちゃん、逆に考えればいいのよ。
生きていくために、知識や経験や能力が身についていくものなの。
キャラバンならいろんな能力に秀でた人たちがいっぱいいるわ。
いろんな人たちに絡んで、いろんなことを教えてもらいなさい。
砂漠の砂と日と風に揉まれてパパやママのような立派なカッコイイ大人になるの。いいわね」
「……そうね。そうよね。わかったわ! ありがとうママ!」
ヌールはなんだか嬉しくなって母に飛びついた。

決意をした日の夜。
旅することを認めてもらえた日の夜。
月がいつもより綺麗に見えるような気がする夜。
ヌールは床に就いたが、興奮のあまり目が冴えて寝られないのではないかと思った。

Zzz……。
余計な心配だった。
 

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