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【第0夜】:万国の門「決めたわ! あたし旅に出る!」(その1)

登場人物:ヌール・バースィル ガラスパ(汁。さん)

 
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」

夕刻、陽も傾き、風が囁き始め、人も落ち着いた迷路のような路地裏の通りを、
一人の少女――ヌール・バースィル――は息を荒げ、青いポニーテールを揺らしながら駆けていた。
別段、さる星詠み少女のように誰かに追われているわけではない。
彼女はただ、運命の出会いをしてしまったのである。
見た瞬間にビビっときた。コレだ! と思った。
もう、歩いて家路に着くなんて考えられなかった。
全速力で、一秒でも早く家に帰って高らかに宣言したかった。

数時間前、ヌールは市場を一人の男と並んで歩いていた。
胡散臭い怖そうな男である。
ヌールはひょんなことからこの男の財布を拾ってしまい、
ヌールはひょんなことからこの男に財布を届けることになってしまったのである。
無事に届けた帰り道、ヌールは果実にかぶりつきながら男と話をしていた。
「それはついてなかったとしかいいようがないわね……。でももっとしっかりしなきゃ!」
「ウヒョヒョヒョ、これでも我輩は今度この街から出るキャラバンの護衛なのですぞ」
そう言って男は嬉しそうにランプを取り出しこすって見せた。
ヌールは護衛、具体的にいえば召喚士である自分の母親を思い浮かべた。
たぶんこの人も召喚士で、あの中にはルフが入っているんだわ。
それよりも気になったのは……。
「ウヒョヒョヒョ、このランプには――」
「ねぇ」
「ウヒョ?」
「そのキャラバンっていつ出発? どうやったら参加できるの?」

……ふむふむ。
なるほど。聞いて正解だったわ。
何やら話の腰を折ったような気がしないでもないがそれはさておき。
話によると、出発まではもうそんなに日にちがないという。
そして参加するためにはどうやらこの町にある貼り紙を見つけなければならない……に違いない。
何だろう。よくわからないけれどそわそわしてきた。
前回の反省を生かして今回はしっかりと貼り紙の場所も聞きだした。
「ありがとう、ガラスパさん」
「ところでこのランプには……ウヒョ? 少女よ、どうして我輩の名を……!」
「財布届ける途中で大道芸人のお姉さんに聞いたのよ」
「大道芸人とな。ふむ……」
下を向き考えた。よく考えれば考えるまでもなくすぐに思い当たり顔をあげた。
「それはもしやマイシカ……ウヒョーーーーッ!!!??」
もうそこにヌールはいなかった。

ガラスパに教えられた細い路地。塀には何枚かの貼り紙があった。
ヌールは一枚一枚ささっと目を通していく。
あれでもない、これでもない、それでもない、どれでもない……。
何枚目を通しただろう。ヌールの視線がピタリと一点でとまった。
「あった。あったわ……。これよ。これだわ!」
思わず壁にしがみつく。興奮のあまりうっかり声が出てしまった。
何この胸のドキドキ。何この胸のトキメキ。
ついに運命の出会いを果たしてしまった。
おでかけして、果物食べて、ママとお話して。そんないつも通りの日常に飽きたわけではない。
ただ貼り紙に目を通した瞬間、
自分でもよくわからない感覚に襲われ、鼻血が出そうになるほど血が騒ぎ、
どうしようもなく、いてもたってもいられなくなってしまったのである。
急がなきゃ……!
よくわからないけど、急がなきゃ……!

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「ただいま!」
家に着くなり母のところに行き、母の、ヌールと同じ青い目を見て訴えた。

「ママ! ねぇママ! あたし、旅に出たい!
あたし砂漠王になる! ……なんて大きなことは言わないけれど、
パパとママが愛してやまない砂漠をあたしのこの足で歩いてみたいの。
あたしのこの目で見てみたいの!」

ヌール、渾身の訴えであった。
 

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