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【第0夜】:万国の門「助けてください2」(その1)

登場人物:ヌール・バースィル

 
今日も活気溢れる市場、から少し外れた薄暗い道。
大好きな果物を買うべく、
少女――ヌール・バースィル――は青いポニーテールを揺らしながらルンルンで歩いていた。
ふんふんふーん♪ 今日はどこで何買おうかしら。
そんな果物に囲まれた幸せな果物王国の妄想をしていたのだが、
一瞬にして現実に引き戻す程の勢いで何かがヌールにぶつかった。
この瞬間、ヌ−ルの平穏な昼下がりは平穏でなくなってしまったのである。

「痛っ、ちょっとあなたどこ見て突っ走ってるのよ!」
あたしの果物王国を返しなさいよ! と言わんばかりの勢いで睨み付けると、
そこにはヌールよりひとまわり小さな少女が倒れていた。
そして散乱する果物、果物、果物、果物、財布。
あら、果物王国……ていうか財布?
少女の薄汚れた服と小奇麗な財布。ふたつを見比べる。
どう考えても違和感があった。
あら? もしかしてこの子……。
「ねぇお嬢ちゃん。お姉さんとちょっとお話しないかな」
ヌールはしゃがみ込み、少女に目の高さを合わせ囁いた。

展開は大方ヌールの予想通りであった。
てっきり財布を盗んでそのお金で果物を買ったものかと思っていたのだが、
どうやらあちこちの店で果物を盗む過程でついうっかり財布までやらかしたらしい。
そして財布の被害者は胡散臭い怖そうな男だという。
さて、どうしたものか。
「……ごめんなさい」
目の前の少女は泣いている。根っからの悪人ではないようだ。この子はそういう目をしている。
それに果物が好きな子に悪人はいないはず!
きっとどうしようもなくお腹がすいていたに違いない。
今この泣きじゃくる子から果物を奪うのはあまりに酷だった。
でも財布はよくない。
「もう絶対しないって約束できる?」
ヌールは問いかけた。
「……うん」
少女は泣きながら小さく頷いた。
「じゃあ今回は見逃してあげるわ。ただし財布はダメよ。よこしなさい。あたしが返してくるわ」
ヌールは少女から財布を受け取るとニッコリ笑って続けた。
「あと、見逃してあげるんだから、かわりに果物1個頂戴」
 

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