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二周年/その楽宴は何のために

場所:白砂の港
登場人物:ヌール・バースィル 愉快な仲間達

 
 い事があれどなかれど、わいわい騒ぐのは楽しいもので。
 闇夜にぼんやりと明るく浮かぶは、隊商宿から漏れ出す光。中からこれまた明るい談笑。一体何のために飲んで歌って騒いでいるのか。そんなことは些細な問題で、"楽しい"という揺るぎない確固たる事実こそが何より重要なのである。とはいえ、今宵は何のために飲んでいるかくらいは知って然るべき大宴会。
 となもこどももわいわいがやがや。こんな"楽しい"宴の席に、ヌールがいないわけがないのだが。
 
 
「あ痛っ」
 青いポニテを引っ張られ、ヌールは思わず仰け反った。
 振り返るとそこにはタラーイェフ。
「ほら、つまんでばっかりいないで持っていっておくれよ」
 ヌールがいるのはそう、調理場。今は裏方の一人として働いていたのだ。大宴会の料理を賄うにはあまりにも料理人の数が少い。猫の手より先に見習いの手を借りたい状態なのだ。その見習いが手伝いも疎かにできた料理をつまんでいるのだから、髪をつままれても致し方ない。
「へへ、ごめんごめん。」
 頭を掻きながら舌を出す。タラーイェフの肩越しには鍋の味見をして満足げに頷くスフラ、未知との遭遇とでもいった風に芋を見つめるカナを始め、慌しく調理する料理人の姿が見えた。
「あ、ヌール。これもいい?」
 言われたとおり料理を運ぼうとしたところで呼び止められた。声の主、ティスアはお茶にお酒にせっせと溢さず飲み物を注いでいる。"アルハーさんも手伝ってください"と口からは溢れていたが、アルハーはルマイキーヤとの金勘定に忙しいよう。
 すでにいくらか器を抱えているのに飲み物など持てるものか。
「えー。もう両手いっぱい。ポニテじゃ持てないし!」
「じゃああたしが」
 と、嘆くヌールにポニテではなく両手を差し出したのは赤いポニテのルゥフゥシュリカ。
 いっぱいの料理と飲み物を持ち、二人は宴会場へと足を向けた。
 
 人のポニテが登場すると、"きたぞきたぞ"とアルファルドとミロが手招きとともに迎えいれた。"きたぞ"の主語は料理か酒かそれとも少女か。場はもうとっくに出来上がっていた。リディアンのようにはしゃぎ回る者もいればミルファクのようにすでに酒に溺れている者もいる。ふと目に入ったのは大人びた集団。ワハルとバッサームとギルゾアである。豪快な笑いと不敵な笑み。何を肴に飲んでいるやら。
 中央ではラナーシャら楽士が演奏し、バニーら踊り子(ミルファクを除く)が踊っていた。その旋律と舞いは美しく、林檎ジュースしか飲んでいなくてもすっかり酔ってしまいそうだ。やがて音が止み、動きが止まる。一瞬の静寂ののち、音楽の代わりに会場を包んだのは大きな拍手と指笛であった。
 間もなく再び演奏が始まる。すると今度は踊り子達が指先でシャンシャラ鈴を鳴らし始めたではないか。
(あれか……!)
 これは"さぁみんな踊るよ!"の合図のはず。
 予想通りに踊り子達が周囲を徘徊。レイラにコランサイファにナタンにハーティム。老若男女に威圧感と誰彼構わず誘拐する。
「みんないけいけー!」
 連れ去られる様が面白愉快ではしゃぐヌール。こういうときに目立ってしまうのは自殺行為に他ならない。
「げ」
 と口をついて出たときにはすでに遅し。無邪気に笑うアーレフとバッチリ目が合ってしまい……。
 、結局のところヌールも捕まってしまったのである。
 
 りの注目を浴びながら中央へ。
「なんでいつもこうなっちゃうかな!」
「ははは。どうせ選ばれてしまったのならあれくらいはしゃがないと」
 ナタンの差す先にはコランサイファ。舞台慣れしている事もあるだろう。にーっと笑う彼女は心底楽しそうに踊っている。
「へへ。まぁね! でも踊りなんて……」
 と言い訳をしかけたところで誰かに手を引っ張られ、意図せぬままに一回転。目の前には褐色の踊り子ロヤーがいた。
「踊りに正解なんてないわ。貴方の思ったように体を動かせばいいのよ」
 そう言われるとなんだか急に楽になって。ロヤーのような妖しい腰の動きを真似することはできなかったが、音に合わせて体を動かすことの楽しいこと。楽しすぎて引きずり出されたハーティムが一体どう振舞ったのかを確認することができなかったほど。
 にもかくにも乗り切った。
 
 甲斐もなく"よっこらしょ"とその辺の席に着く。
 それにしても……。
「今日は一体何の宴会だったかしら?」
 とふと目の前の相手に聞くと同時に聞くべき相手を誤ったことに気がついた。
「自分で考えろ」
 海藻混じりのサラダを黙々と食べるバラカートは手を止め、一言放つと、再び黙々と食べ始めた。
「ぶー」
 いつものようにあしらわれるヌールを見て隣にいたイヴォンカは和んだようで。
「ふふふ、頭ばかり使っていてもだめですよ?」
 その意味深な言葉の意味を考えてみたが、三秒もしないうちに考えることをやめた。
 ん! 何でもいいわ。楽しければそれでいいのよ!
 
 ——さぁ、この宴。何のための楽宴か、アナタはもう、お解かりだろうか? 
 


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